ふくよかな顔つきで

「あれは越後から、たびたび手紙をさしあげたそうですが、そういう不分明なことは出来ないとおっしゃって、とうとう、いちどもお逢いくださらなかったというようなことも聞きました……わたしは、こういうひねくれものでございますから、やすやすと信じる気にはなれませんで、いろいろと手をつくして調べさせましたが、微塵《みじん》も嘘がございませんで、まことに、立派ななされかただと、お見あげ申した次第でした」 老人は、ふくよかな顔つきで、茶碗をとりあげると、掌のうえでゆっくりと糸底をまわしながら、「すぐにもおたずねして、お詫びしたいと思いましたが、申そうにも、言葉もない次第で、それに、世間体は、故人になっているために、間にひとを入れるわけにもまいりません……きょう庭先でお見かけしましたので、お詫びとまではなく、せめて、心のほどを、おうちあけしたいと思いましたが、さまざまとお戯《たわむ》れのようすなので、ご本意もはかりかねて、当惑いたしました……さきほど鶴鍋などとおっしゃいましたが、伺っておりますところでは、ああいうお戯れをなさるお人柄《ひとがら》ともぞんじられません。きょう、わざわざおいでくださいましたのは、どういうご趣意だったのでございますか」 と冬亭のほうへ笑顔をむけた。冬亭は釣りこまれたようにニコニコ笑いだしながら、「先日、新潟からお手紙をいただきました……長いあいだ辛抱していたけれども、思いきってよそながらおじいちゃんの顔を見に行くことにした。ああいう不孝のあとなので、構内《かまえうち》へ入りこむことはできない。池の汀の芦の間にしゃがんでいるから、老人をそこまでひきだしてもらいたいと……こういうことでした……まだご昵懇を得ておりませんことですし、めったに庭先などへ、お出にならないように伺っておりますので、わたしも困りはてましたが、あの方のご心情を察しますと、なんとしても、かなえてさしあげたいと思いまして、それで、ああいう馬鹿なことをいたしましたので……」 老人は、思わずというふうに顔をゆるめて、

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