左手に家紋入りの提灯を

「只今、七時でございますから、正十時ということに」「たしかに、承りました」 芦の葉先が雲《くも》のようにもやい、茫々とした池の面が、薄光りながら鱗波《うろこなみ》をたてている。差し水か湧き水か、しっとりと濡れた乱杭石のある池のほとり、紋服に袴をつけた冬亭と、薄袷の文女が立っていると、遠い向岸に提灯の光が見え、それが池の縁について大きく廻りながら、だんだんこちらへ近づいてきた。 老人は左手に家紋入りの提灯を、右手に白扇を持ち、二人の前までくると、荘重に白扇をかまえ、「ようこそ、お帰り」 と地謡《じうたい》の調子で宣《なの》りあげると、文女は迸りでるような声で、「おじいちゃん」 というと、肩を震わせて、はげしく泣きだした。

 九月の日劇の喜劇人まつり「アチャラカ誕生」の中に、大正時代の喜歌劇(当時既にオペレットと称していた)「カフエーの夜」を一幕挿入することになって、その舞台面の飾り付けの打ち合せをした。 日比谷公園の、鶴の噴水の前にあるカフエー。カフエーと言っても、女給のいる西洋料理店の、テラスである。 となると、誰しもが、当時そういうところには必ず葡萄棚が出来ていて、造花の葡萄が下っていたり、季節によっては藤棚になったりしていたもんだねえ、と言い合った。そして、その棚からは、季節におかまいなしに、岐阜提灯が、ぶら下っていた。岐阜提灯には、三ツ矢サイダー、リボンシトロンなどの文字が見えた。「金線サイダーってのがあったな」

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