樂園

おづおづとその瞳《め》をみひらくわたしの死んだ騾馬、わたしを乘せた騾馬――記憶。世界を失ふことだ。それが高貴で淫卑なさろめ[#「さろめ」に傍点]が接吻の場《シイン》となる。そぷらの[#「そぷらの」に傍点]で。すべてそぷらの[#「そぷらの」に傍点]で。殘忍なる蟋蟀は孕み、蝶は衰弱し、水仙はなぐさめなく、歸らぬ鳩は眩ゆきおもひをのみ殘し。

おお、欠伸《あくび》するのはせらぴむ[#「せらぴむ」に傍点]か。黎明が頬に觸れる。わたしのろくでもない計畫の意匠、その周圍をさ迷ふ美のざんげ。微睡の信仰個條《クリイド》。むかしに離れた黒い蛆蟲。鼻から口から眼から臍から這込むきりすと[#「きりすと」に傍点]。藝術の假面。そこで黄金色《きんいろ》に偶像が塗りかへられる。

まつてゐるのは誰。そしてわたしを呼びかへすのは。眼瞼《まぶた》のほとりを匍ふ幽靈のもの言はぬ狂亂。鉤をめぐる人魚の唄。色彩のとどめを刺すべく古風な顫律《リヅム》はふかい所にめざめてゐる。靈と肉との表裏ある淡紅色《ときいろ》の窓のがらす[#「がらす」に傍点]にあるかなきかの疵を發見《みつ》けた。(重い頭腦《あたま》の上の水甕をいたはらねばならない)

わたしの騾馬は後方《うしろ》の丘の十字架に繋がれてゐる。そして懶《ものう》くこの日長を所在なさに糧も惜まず鳴いてゐる。

[#2字下げ]樂園[#「樂園」は中見出し]

寂光さんさん泥まみれ豚ここにかしこに蛇からみ秋冴えてわが瞳《め》の噴水いちねん山羊の角とがり。

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